第三十三回 早川茉莉さん(編集者)

2012年1月14日取材 インタビュー/原稿/写真:能邨陽子

個性豊かな作家さん、アーティスト、取引先の皆さんと毎日のように関わりながら成り立っている当店。そんな人々を探れば自ずと店の輪郭までもが浮かび上がるのではないかということで、スタートしました連載「一乗寺人間山脈」。

今回ご登場いただいたのは、リトルプレス『すみれノオト』の制作者としてもおなじみ編集者の早川茉莉さんです。その独特の「紙のものづくり」を生み出している、ここ左京区白川にある「銀月アパート」のアトリエにお邪魔しました。

―『すみれノオト』の前にたしか『Surprise』という冊子も作られていましたよね?

作ってましたね、というか『すみれノオト』は『Surprise』の続きのつもりで号数も連続させています。作り出したのはもう20年も前になりますねえ…。会社づとめに無理を感じ退職したあと「やっぱり自分の好きなことだけをやりたい」と思って始めたことでした。森茉莉、向田邦子、野上弥生子、与謝野晶子、鴨居羊子らを特集していましたね。


窓辺の風景。この部屋はお友達何人かとシェアしているそうです。

―野上弥生子とはシブイですね。でもそのラインナップに早川さんの一貫した好みを感じます。やはり一番好きなのは森茉莉ですか?

はい。別格だと思いますね。

―そうして20年かけて『すみれノオト』の世界は熟成されたんですね。

でも当時、若気の至りというか怖いもの知らずというか、そんな個人の冊子なのに広告を取りに行ってたんですよ。しかも超大手にばかり!キリンビール、アサヒビール、大丸、高島屋とか…博報堂を通したことも。そしてみんな取れたんだから不思議です。今なら絶対できません。

―ホントにすごい企業ばっかり。

みなさん優しくて(笑)。でもそこから、筑摩書房*1や国書刊行会*2、河出書房新社*3などの編集の仕事の話が入るようになって。何が始まりになるかわかりませんね。


熊井明子『私の部屋のポプリ』(生活の絵本社版)。付箋がいっぱいです。

―その編集の仕事の合間に『すみれノオト』などの冊子が当店に不定期に届くわけですが、いつもいい意味での手づくり感がすごいですよね。

やっぱり紙をいじるのが好きなんですね。もうそれは子どもの頃から。でも手近にある紙を使うので作るたびに細部が変わってしまうんですけど、だから数多く希望されても全部おんなじにはできないんですよね。まあ売り切れたらその日は終わりという和菓子やさんのようなものというか。

―本当に、毎回袋や細かいところの仕様が変わるので、納品を受けるこちらも驚きます。

そういう作業が仕事のいい気分転換ともなっていて。でも早く次の42号を出したいと思うんですけどね、なかなか…。ちなみにいま考えているテーマは 「ハロルドとモード」「高柳佐知子」、あと銀月アパートの周辺を散歩する「銀月天体図」などですね。

―ぜひやってください!楽しみにしています。では最後に座右の書をおうかがいしたいのですが…意外な本ですね。

座右の書『家庭でできる自然療法』
座右の書『家庭でできる自然療法』(東城百合子 / あなたと健康社)

悩んだんですけどね、森茉莉の本や熊井明子さん*4の本とかとどっちにするか。でもこれは本当に毎晩読んでるしいつもお世話になっているから、まさに座右。薬を飲まない生活をしたくてこの東城さんの本を読み出したんですけど、もうどれも役立つ!特におすすめはビワの葉療法です。頭痛がしたらビワの葉を頭にのせたり、種も煎じて飲んだり。ビワはいいですよー。銀月のまわりにもビワの木が多いし、筑摩書房の近くにもビワの木があるから、東京に来た時はここのを使えばいいな、とか思ってます(笑)。一乗寺にもあるからそのうちビワの木マップも作りたいですね。

文学と紙と森茉莉とビワの木と…。早川さんを形づくるものの一端にあらためて触れた気がしました。もっとお伺いすれば、まだいろんなものが引き出しから出てきそうです。これからもその編集者としての仕事と紙もの師としての手仕事、両方を楽しみにしています。『すみれノオト』など手作り冊子も不定期というかゲリラ的に納品され続けてますので、ご来店の際はぜひチェックしてみて下さい。

*1筑摩書房からは『森茉莉かぶれ』(2007年)などを刊行。

*2国書刊行会からは『鴨居羊子コレクション』(2010年)の解説を担当。

*3河出書房新社からは『エッセンス・オブ・久坂葉子』(2008年)などを刊行。

*4熊井明子『私の部屋のポプリ』は初版を古本屋で見つけたら必ず買うとのこと。かけがえのない一冊だそうです。